代数のあちこちに"自由"という言葉が現れる。自由加群、自由モノイド、自由群、そして自由結合代数(自由代数)。バラバラの概念に見えて、これらは共有しているコアがある。
生成元のあいだに"関係"がないこと。
言い換えれば、生成元の像を好きに指定すれば、準同型がただ一通りに延びること(普遍性)。本稿はこの芯を、ひとつの問いに絞って追いかける。二点への割り当て、たとえば a↦x, b↦y を、考えている代数系の準同型へどこまで延ばせるか。自由とは、行き先をどう選んでも、この延長がいつでも一意にできることだ。舞台が変わると生成元や行き先の名前も変わるが、簡単にするため、生成元はつねに二つに固定して見ていく。
この芯をもっとも素朴に体現しているのが、線型代数で最初に習う 線型独立性 である。本稿では"線型独立性とは自由性のことだ"と読み替えるところから出発し、舞台をベクトル空間から加群へ、さらに演算を群・モノイド・代数へと広げながら、同じ性質がどこで保たれ、どこで壊れるかを追っていく。登場する具体例は、すべて 2×2 行列やユークリッド空間で書ける、手で確かめられるものだけにした。
1. 線型独立性は"自由性"である
ベクトル空間の二つの元 a,b が線型独立であるとは、
αa+βb=0 ⟹ α=β=0
つまり、a と b を係数つきで足し合わせて 0 にするには、両方を 0 倍する以外に方法がない、ということだ。これが "a,b には関係がない" という言葉の、最初の意味である。
そして、この"関係のなさ"は、写像をつくる自由さと表裏一体になっている。a,b が線型独立なら、それらが張る空間のなかで各元は αa+βb の形にただ一通りで表せる。だから、別のベクトル空間 W から行き先 x,y をどう選んでも、T(αa+βb)=αx+βy は矛盾なく定まり、a↦x, b↦y を満たす線型写像 T をただ一つ与える。表示が一意であること、つまり線型独立であることこそが、行き先を自由に指定できる根拠なのだ。この "代入の自由さ" が自由性の本質である。
整理すると、線型独立性は同じことの二つの側面だといえる。
- 関係: αa+βb=0 になるのは α=β=0 のときだけ
- 代入:各元の行き先を自由に選んでも、線型写像が一意に延びる
ベクトル空間では、線型独立でありさえすれば、この自由さがそのまま手に入る。ところが、舞台をベクトル空間から 加群 という代数系へ一歩押し広げると、同じ自由さはもはや当たり前ではなくなる。
2. ベクトル空間から加群へ:自由性は壊れる
加群とは、ベクトル空間のスカラー倍を、より一般の環による作用に置き換えた代数系である。定義はベクトル空間とよく似ているが、決定的な違いがひとつある。体上のベクトル空間では、線型独立な二元は、それらが張る部分空間の"自由な生成元の組"になる。組のあいだに関係がないので、行き先を自由に選んで写像へ延ばせるからだ。ところが係数を環に広げた加群では、これがもう保証されない。以下では、生成元の組が R 上で自由(線型独立)か、それとも A-加群として自由(A-線型な関係がない)かを、はっきり区別して進める。
具体例を、2×2 行列で表したユークリッド平面 R2 で作ろう。2×2 実対角行列の集まり A={diag(a,b)∣a,b∈R} は環をなす。これを作用させる相手として、平面
M={(s0t0) s,t∈R}≅R2
をとり、左からの行列積で A を作用させると、M は A-加群になる。
二つの生成元 u=(1000), v=(0010) をとる。M を R 上のベクトル空間とみれば、u,v は線型独立。だから R 上では、u↦x, v↦y をどんな行き先 x,y に決めても、線型写像にちゃんと延びる。ところが A-加群としてみると話が変わる。q=diag(0,1)∈A をとれば q=0 なのに qu=qv=0 となり、u,v には係数 q による関係 qu=0, qv=0 が現れる。R 係数のときはこういう関係は起きなかったのに、A 係数に広げると新しい関係が生まれている。
この一本の関係 qu=0 があるだけで、{u,v} は A-加群としての自由な生成元の組ではなくなる。自由なら、ru+sv=0(r,s∈A)となるのは r=s=0 のときだけのはずなのに、q=0 なのに qu+qv=0 が成り立ってしまうからだ。R 上では関係がなく自由だったのに、A 係数に広げたとたん、生成元の組としての自由性が壊れている。
3. 自由性の本質は"代入"にある
前節の現象を、いちばん見やすい形に煮詰めよう。u,v には関係 qu=qv=0 があった。そこで背骨の問いに戻る。割り当て u↦x, v↦y を、行き先のある A-加群へ向けて A-線型写像に延ばせるか。鍵は、この延長がいつでも効くとはかぎらない点にある。
代入先を A 自身(左からの積で加群とみる)にとり、u↦q, v↦0 と送ってみよう。これが A-線型写像 F:M→A に延びると仮定すると、0=F(qu)=qF(u)=q⋅q=q2=q となって、q=0 に矛盾する。この代入は延長できない。
"式の値が、書き表し方に依存してしまう"と言い換えると、破綻はさらに直接的だ。零元には 0=0u+0v=qu+0v という二通りの表示があるのに、上の代入を施すと、前者は 0 に、後者は q2=q に送られ、同じ零元が違う値になってしまう。
ここから、一つの標語が取り出せる。
自由な生成元 ⟺ どんな元でも代入できる。
関係を持つ生成元 ⟹ その関係を保つ元しか代入できない。
実際、許される代入 u↦x, v↦y は任意ではなく、元の関係と同じ qx=0, qy=0 を満たす x,y に限られる。u,v は R 上のベクトル空間とみるかぎり何の縛りもないのに、A-加群とみたとたん q による関係が現れ、代入の自由が削られる。これが、自由性の崩れの正体だ。
4. どんな式を許すかで、自由性は変わる
ここまでは"作用する環"を変えて自由性の崩れを見た。視点を変えて、こんどは生成元にどんな式(語)を許すかを変えてみる。すると、まったく同じ二元が、自由になったり非自由になったりする。
二元 a,b に許される式は、構造ごとに次のように違う。
構造モノイド群R-代数許される式の例aab, aba, bbaa, … (正の語)ab−1, a−1b2a, … (逆元を含む語)3a2b−2ba+7, … (語の線型結合)
許される式が違えば、起こりうる"関係"も違う。モノイドなら u(a,b)=v(a,b)、群なら w(a±1,b±1)=1、代数なら P(a,b)=0 の形だ。自由とは、その言語で関係がひとつもないことを意味する。なお自由結合 R-代数とは、非可換多項式環 R⟨X,Y⟩ のことだと思えばよい。
これを一つの行列の組で実演する。
L=(1011),R=(1101)
この二元は"モノイドとしては自由・群としては自由でない・代数としても自由でない"という例になる。
モノイドとしては自由
L,R を正の実数への一次分数変換とみると L(t)=t+1, R(t)=t+1t で、像はそれぞれ L((0,∞))⊂(1,∞), R((0,∞))⊂(0,1) と交わらない。だから正の語の作用を見れば、その先頭文字が L か R かを像の位置から判定でき、先頭を外して同じ議論を繰り返せば、異なる正の語は異なる行列だと分かる。すなわち L,R,L2,LR,RL,R2,… のあいだに等式はない。つまり L,R のあいだにモノイド関係はひとつもなく、{L,R} はモノイドとしての自由な生成元の組だ。ゆえに任意のモノイド M と任意の行き先 p,q∈M への割り当て L↦p, R↦q は、一意なモノイド準同型に延びる。
群としては自由でない
逆元を許すと、新しい関係が出てくる。実際 LR−1L=(0−110)=:C で、C2=−I, C4=I、つまり (LR−1L)4=I という群関係がある。正の語だけのモノイドでは見えなかった R−1 が効いているのだ。代入で確かめると、無限巡回群 ⟨t⟩ へ L↦t, R↦1 と送ろうとすれば、元の関係から (t⋅1−1⋅t)4=t8=1 が要求される。しかし t は無限位数で t8=1。よってこの代入は群準同型には延長できない。
代数としても自由でない
加法とスカラー倍まで許すと、さらに別の関係が現れる。L−I=(0010) だから (L−I)2=0。これは群やモノイドの言語にはない、加法を使った関係だ。もし L,R が自由代数の生成元なら、任意の R-代数へ自由に代入できるはずだが、たとえば R 自身へ L↦2, R↦1 と代入すると (L−I)2↦(2−1)2=1=0 で破綻する。この破綻は、L,R から作る語の線型結合のあいだに関係があることの裏返しだ。実際 E12=L−I, E21=R−I, E11=E12E21, E22=E21E12 だから、語の線型結合はすべて 4 次元の M2(R) に収まってしまう。自由な代数生成元なら相異なる語はどこまでも線型独立に増えるはずで、それが 4 次元で頭打ちになる以上、(L−I)2=0 のような代数関係が必ずある。
5. 三種類の自由性の相対関係
一般に、"自由群の生成元 ⟹ 自由モノイドの生成元" と "自由代数の生成元 ⟹ 自由モノイドの生成元" が成り立つ。群として自由なら異なる正の語は等しくなりえず、代数として自由なら異なる語の差 u(X,Y)−v(X,Y) が零になりえないからだ。つまり、群として自由でも代数として自由でも、それぞれモノイド自由は導かれる。一方、群自由性と代数自由性のあいだには、どちら向きの含意もない。
この独立性を、二つの方向で具体化しよう。
群として自由だが、代数として自由でない
準備として、行列が射影直線へどう作用するかを定義しておく。射影直線 P1(R)=R∪{∞} は、実数直線に無限遠点 ∞ を一点足したものだ。行列 (acbd) は、点 t を
t⟼ct+dat+b
へ移す。これを一次分数変換(メビウス変換)という。分母が消える t=−d/c は ∞ へ、t=∞ は a/c へ移すと約束する(c=0 のときは ∞ を動かさない)。この対応のうまみは、行列の積がちょうど変換の合成にあたることだ。だから語に行列を代入することは、対応する変換を順に施すことと同じになる。§4 で使った L(t)=t+1, R(t)=t+1t も、L=(1011), R=(1101) をこの式に入れただけだ。
さて、先の行列の二乗 A=L2=(1021), B=R2=(1201) をとる。これは Sanov の定理 の古典例で、A,B のあいだには群関係がひとつも成り立たない。定義どおりに計算すると、作用は An(t)=t+2n, Bn(t)=2nt+1t となる。U={∣t∣<1}, V={∣t∣>1}∪{∞} とおけば、任意の n=0 で An(U)⊂V, Bn(V)⊂U。これに ping-pong lemma を適用すると、A,B の空でない簡約語はどれも恒等行列にならないと分かる。よって {A,B} は群としての自由な生成元の組だ。ところが A−I=(0020) なので (A−I)2=0。代数としては自由でない。逆元を含む群関係はないのに、加法を使った代数関係はあるのだ。
代数として自由だが、群として自由でない
係数 1 の L,R が生成する行列群 G=⟨L,R⟩ の群環 R[G] を考え、λ=[L], ρ=[R] とおく。前節のとおり L,R の異なる正の語は異なる群元で、しかもどれも単位元とは異なる。だから空語(定数項 1=[e])も含めて、各語 w(λ,ρ) は群環 R[G] の相異なる基底ベクトルになり、c0⋅1+∑wcww(λ,ρ)=0 なら全係数が 0。よって λ,ρ のあいだには語の線型結合の関係がひとつもなく、{λ,ρ} は代数としての自由な生成元の組だ。しかし群として見れば (λρ−1λ)4=1 という関係があり、群としては自由でない。正の語の線型結合には関係がないが、逆元を許すと関係が出る例だ。
すべてについて自由
自由群 F2=⟨x,y⟩ の群環 R[F2] をとれば、標準生成元 x,y は、モノイド・群・代数のどの言語でも関係をもたない。{x,y} は三拍子そろって自由な生成元の組である。
6. まとめ
二元の状況は、次の表に集約される。どの例でも二元は R 上で線型独立、つまり第 1 節の線型自由はそろって満たしている。差が出るのは、モノイド・群・代数の自由性のほうだ。
例L,R∈M2(R)L2,R2∈M2(R)[L],[R]∈R[G]x,y∈R[F2]線型自由◯◯◯◯モノイド自由◯◯◯◯群自由×◯×◯代数自由××◯◯
要点はこうだ。
- 自由性とは、指定された種類の式について、関係がひとつもないこと。
- ベクトル空間では一次の結合 αa+βb、モノイドでは正の語、群では逆元を含む語、代数では語の線型結合を見る。
- 同じ二元でも、どの演算を許すかで、自由にも非自由にもなる。
そして全体を貫くのは、第 1 節で線型独立性から取り出した一つの原理だ。
自由とは、生成元の像を好きに選んでも、準同型がただ一通りに延びること。
線型独立性は、その素朴な姿にすぎない。舞台を加群に、演算を群・モノイド・代数へと変えても、問うべきことは終始ひとつだった。関係はあるか。代入は破綻しないか。
付録:参考文献
- 加群・自由加群:M. F. Atiyah & I. G. Macdonald, Introduction to Commutative Algebra;D. S. Dummit & R. M. Foote, Abstract Algebra.
- ping-pong lemma・Sanov 部分群(SL2(Z) 内の自由群):P. de la Harpe, Topics in Geometric Group Theory.
- 普遍性・自由対象(忘却関手の左随伴):S. Mac Lane, Categories for the Working Mathematician.
- テンソル代数・自由結合代数 R⟨X,Y⟩:S. Lang, Algebra.